ずっとお城で暮らしてる

趣味にまつわる記録簿です。小説の感想がほとんどです。

隕石が落ちてみんな死ぬ話

凪良ゆうさんの新刊「滅びの前のシャングリラ」を読みました。

 

感想は正直、今は一言ではまとめられません。今まで倫理観は不可侵領域だと思ってたんですけど、倫理観までぶっ壊しにかかってくる化け物でした。(誤解のないようにいうと、とても読んで良かったと思ってます)

 

1ヶ月後に、隕石が落ちてきて人類はみな死ぬ。その時にどうするか、誰しも一度は考えたことがあるでしょう。なるべく最後まで普段通りの生活を、と安易に思っていた自分が恥ずかしくなります。そこまで社会は堅牢ではないどころか、脆すぎる仕組みなのでした。

 

現在のコロナ情勢や、震災時の混乱などにも通ずるところがあり、本来ぶっ飛んだ設定なのにとても身近に感じてしまいました。

 

どなたかの書評で見かけた表現ですが、「人はきれいごとだけでは生きられないけど、きれいごともなければ、生きられないのだ。」これが本作をある程度よく言い表しているように現状では感じています。

 

場合によっては危険思想に繋がる恐れがあることを自覚した上で言うと、人間が現在ある程度共通で持っている倫理観って、社会制度や教育の影響で洗脳(良い洗脳)をされている賜物なんですよね。だから、人を殺してはいけないし、人を殺しても多くの人は罪の意識を持つ。一方、アリを積極的に殺すことはなかったとしても、殺しても罪の意識はもたない人が多い。

 

ただ、それってあくまで洗脳なんですよね。人間本来に備わってるものではないと思います。だから、時代によって社会制度が変われば倫理観も変わるし、社会制度が崩壊していけば、個人差はあれど洗脳がとけていってしまう。なんかヴァイオレット・エヴァーガーデンの戦争の話を思い出すな…。

 

何が言いたいかと言うと、緊急時において、倫理観は役に立たないバッドエンドな世の中なのだろう、ということです(役に立たせるべきではないともいえる)。緊急時にみんなが紳士的な振る舞いをする未来にはなりえない。人はきれいごとだけでは生きていけない。これは、彩瀬さんの東日本大震災ルポルタージュを読んだ時にも思ったことです。性善説の否定になるのかもしれないけど、性善説のことをよく知らないから勉強します。

 

え?そんな後ろ向きな結論?となる所ですが、そうではないと思ってます。そんなバッドエンドな世の中自体をハッピーエンドにすることはできなくても、自分の人生を幸福にすることはできると思うのです。その力の源が、きれいごとだと思うのです。

 

宗教的だとか言われそうな気がしますが、結局は精神的に幸福でありさえすればいいと思ってます。そして、精神的幸福はきれいごと(希望的祈り)によって支えられている、そう思うわけです。

 

なんか上手く伝わることはないように思いますので、ここまでにしときます(笑)

 

とにかく本作からは、そういうことを感じ取りました。曲解かもしれないけど。

 

以下、ネタバレを含みます。

 

 

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【シャングリラ】

高校生男子の友樹の話です。凪良さんの作品において、これまで男性が語り口のものって少なかったけど、とても自然な語り口で安心しました(よく考えれば、BL描かれている方だからむしろこっちが得意なのか?)。あんまり性差を気にしてないように見受けられるので、そのおかげかも。

 

それにしても友樹を送り出すお母さん(静香)がカッコよすぎ。惚れるわ。

 

それにしても雪絵の両親は妹の名前つけるのなんとかならなかったのか…ここは理解に苦しむが、私も親になれば分かるのだろうか。

 

殺される際になって、完全に自己を確立する友樹。「弱い羊のままのぼくで荒野を駆ける。」この決意が、ステキでした。

 

パーフェクトワールド

隕石の話が出る前から半分死んでいた信士。序盤のあまりの報われなさ・虚しさに悲しくなってくる…。

 

役所で息子の受験の心配しているくだり、客観的立場から見れば完全にとち狂ってるけど、本当に隕石が落ちてくる状況であればとち狂うのがある意味自然な挙動だし、実際にこういう人多くなりそうで妙に現実的だった。

 

そして静香との再会…。苗字を見れば1話と繋がってるのがすぐわかるんだけど、友樹との電話までまるでわかんなかった。

 

なんと言っても、病院での抗争シーンがやばすぎる。なんとなくわかってたけど、「お、お父さん、がんばれー……」はズルい、ズルすぎる(笑)

 

隕石が落ちてくるおかげで、信士は生まれてきた歓びをかみしめることができた、パーフェクトワールドになった、そういうことですね。

 

【エルドラド】

静香の話です。友樹を身ごもって信士の元から去るというのは、正解でもあり、不正解でもあった、という話だったと感じました。

 

そして、今回の話の大きなテーマの一つである、正義か悪かの話。花屋のおばさんの話は本当にゾッとしました。ここに切り込んでくるかぁ、と。もちろんこんなに極端な話ではなくても言えることだと思います。自分の正義によって断罪される悪があるけど、その悪は正義でもあるということ。これを背負っていく覚悟が必要ですね。

 

「なんか最近のお母さん、『お母さん』みたいだね」には泣いた。静香にとっては、人生のIFストーリーを歩んでいるような気分なんだろうか。それはそれで辛いけど、それはそれで幸せだ。

 

【いまわのきわ】

本作を象徴するような祈りの物語。自分で決めたこと・人から言われたことの差の大きさを感じました。

 

私は「言われたこと」に対しても幸せを感じることができる人間だと思ってて、それを長所だと思ってたけど、こういう破滅の道もあるのだなと、少し恐ろしくなりました。楽しんでるだけで、実は幸せは感じていないのだろうか…。このあたり、もう少し読み解きたいな。

 

ポチからの電話を受けてから、祈りの物語が始まる。自分がやりたいと感じていることをやる。その力強さで生きていける。人類滅亡の瞬間に人が抱くのは、希望なのかもしれない。

 

「ただ、命を謳うのだ。」をはじめ、圧倒的バッドエンドが近づいているのにどんどん幸せになっていく。最後は静かな感動の中にいました。

 

【イスパハン】

雪絵の話、きましたね…。

 

「あっち側に、もうひとりのわたしがいればいいな。」叶わない未来を別の世界線として存在することを願う、矛盾しながらもどちらの自分も認めていく、そういう昇華の方法もあるんだな、と思いました。

 

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隕石が落ちてみんな死ぬ話なんだけど、実は人類誕生の物語でもある。表紙に赤ん坊が描かれてる理由も、うまく言語化できないけど、なんとなく分かってきました。

 

また読みます。