HEROさん(@dka_hero)の漫画『あことバンビ』を読んでいます。
友人の某mtmtさんから突然「君これ好きだと思う」とURLが送られてきたのがこの漫画です。
読んでみてわかったのは、私はmtmtに完全に趣味嗜好がバレている、ということです。あまりにも私の、特に最近の好みにドンピシャな作品でした。
まだ続いているものに感想を記すことはあまりしたくないのですが、想いが溢れてとまらないオタクになってしまったので、記すことで昇華します。
あらすじは、特に紹介できることありません。特に序盤は謎が多く、そこも魅力だと思ったので、何も知らないままぜひ読んでください。
以下、多分に、主観的な解釈が含まれることをご承知おきください。また、現時点で最新話の92話までのネタバレを思いっきり含みますので、ご注意ください。
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私が感じた魅力を、大きく分けて2つ記します。
①ゆっくりと"正しさ"を捨てていく物語
メインのあことバンビについてです。あこは、幽霊として登場したのち、物語が進むにつれて、端的に言えば中途半端な存在になっていきます。当然人間でもないけれど、幽霊とも違う、どちらにもなりきれない存在です。
バンビは、そんなあこをすきになっていくわけですが、序盤で入舟が忠告していたように、「好きにならないこと」「あこが山城さんに戻ることを望むこと」が"世間的な正しさ"です。
バンビもそれは理解していて、それでもあこがすきな気持ちがゆっくりと大きくなっていって、ゆっくりと"世間的な正しさ"を捨てて、自分にとっての"正しさ"に正直になって、しあわせになっていっています。
そんな気持ちの一つのゴールが、ちょうど最新話の92話の展開ではないでしょうか。言葉にして、縛ってしまう怖さを抱えながらも、これ以上抑えておけない、自分のしあわせを希求する気持ちが、「ずっと一緒にいてほしい」によく現れていると思いました。
こういう正しさとの向き合い方というのは、私がいま信奉しております凪良ゆうさんの得意ジャンル(ジャンルという言い方が正しいのか分からないが)になります。特に『神さまのビオトープ』は、人と幽霊の話で、結構設定も似通っていて、通ずるところが多いと思いました。
この手の話には「最期まで"正しさ"を押しつけてくる人」が出てくることが多いですが、本作はいなさそうです。なんとやさしき世界か…。あこが、基本バンビ以外にも視認でき、会話もできるというのが大きそうです。
②"あことバンビ"という関係性
こちらはメインのあことバンビだけに留まりませんが、各組合せの、2人だけの特別な関係性が、魅力だと感じました。
①で記したように、あこは中途半端な存在です。だから、あことバンビの関係性を形容するのに、人間と幽霊では変だし、そもそもそんな客観的な関係性だけじゃない。かと言って、恋人、家族、同居人とも言い難い。つまり、あことバンビの関係性は"あことバンビ"以外に言いようがないわけです。
ある2人の関係性が一言で言えるものではない、というのは現実を含む全てにおいてそう言えると思いますが、それを思い出させてくれるような関係性の描き方が、とても私の好きな描き方です。
また凪良さんを登場させますが、『流浪の月』はまさしく、こういった関係性の描き方をされておりました。
今後どうなるかはわかりませんが、”恋人”などのように、関係性に無理に名前をつけてしまったら、どうしても”恋人らしさ”が2人を苦しめてしまうような気がするんです。どうか、あことバンビの2人にとってのらしさを追い求めてほしいとおもいます。これは、田辺聖子さんの『ジョゼと虎と魚たち』に収録されている『それだけのこと』の感覚に通ずるような気もしますが、ちょっと並列で語るのはどちらにとっても失礼か…。
こういう風に解釈しているので、タイトルが『あことバンビ』であるのも、シンプルなようでいて、2人の関係性をこれ以上なく形容しているタイトルだな、としみじみ思いました。
あとは、単純に迂遠な感じがすきです。お互いに気持ちをなんとなく察しつつ、踏み込めない。でも大事なところではしっかり一歩踏み込む。でも核心には迫らない、変わるのが怖くて決定的な言葉にしようとはしない。でも言葉にしなくても、心はちゃんと通じあってる気がする。最高です。
元々こういう感じが好きでしたけど、北村薫さんの『覆面作家』シリーズで調教されてもっと好きになりました。
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さて、オタクが過ぎました。これからもまったりと更新を待ちながら、楽しみに生きてゆきます。『未完成定理』ロスの私に新しい漫画を与えてくれてありがとう。