ずっとお城で暮らしてる

趣味にまつわる記録簿です。小説の感想がほとんどです。

『大切なのは文脈なのだ。』

マーガレット・アトウッド作、斎藤英治訳の『侍女の物語』を読みました。

 

これは、どこかで誰かにオススメしてもらって買ったはずなのですが、どこの誰だったのか全く思い出せない…。というのも、買ってから1年か2年くらい積んでいたので、買った時の記憶がまるでないのです…。

 

でも、誰かわからないけれど、オススメしてくれてありがとうございました。めちゃんこ面白かった。

 

ギレアデ共和国の侍女オブフレッド。彼女の役目はただひとつ、配属先の邸宅の主である司令官の子を産むことだ。しかし彼女は夫と幼い娘と暮らしていた時代、仕事や財産を持っていた昔を忘れることができない。監視と処刑の恐怖に怯えながら逃亡の道を探る彼女の生活に、ある日希望の光がさしこむが……。

あらすじの時点でだいぶキツいですよね。本作はゴリゴリのディストピア小説です。楽しい描写などなく、常に救いのない雰囲気が漂っている…。

そんな作品だというのに、何故か高いリアリティ、ものすごい没入感で、めちゃくちゃ読ませます。

 

作品全体の根底を流れる救いのなさ、主人公・オブフレッドの諦観と儚い希望の抱き方、現実と幻想が入り乱れる感じを、見事に高い描写力で描き切っています。どことなく宇佐見りん作品との共通点を感じます。

 

描写力については、訳書であるはずなのにこのえげつなさなので、作者であるマーガレット・アトウッドさんは当然のうえ、訳者の斎藤英治のパワーを感じます。本当にありがとうございます。

 

では、以下はネタバレありで書いていきます。

 

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魅力的だったポイントを列挙したのち、えげつない描写ポイントを列挙します。

 

■魅力①:リアリティの高さと没入感

なんででしょうね。こんなディストピア世界を体験したことなんて勿論ないのに、なんでこんなにリアリティを感じてしまうんでしょうね。

体験したことがないのは作者も同様のはずなのですが、経験した人にしかわからない何かが練りこまれている感じがあって、天才具合にちょっと恐怖です。

 

■魅力②:オブフレッドの語り

終盤で明かされますが、本作はオブフレッドが自身の体験を語っている内容をまとめたもの、という形式をとっています。基本は時系列で語りながらも、語っている出来事によってフラッシュバックする、更に昔の出来事(ルークとの日々)が結構差し込まれます。昔の出来事が語られて次第に明らかになっていく世界観のなかで、オブフレッドの諦観に寄り添えるような構成になっています。

 

また、実際にはなかった出来事や幻想描写もちょいちょい挟まれますが、オブフレッドの意思を感じられて好きでした。比較的わかりやすい差し込まれ方でしたし。あるいは竹宮ゆゆこ先生に鍛えられたおかげかもしれないけれど。

 

そして何より、どこがというのは難しいのですが、こんなに暗い話なのに心が重くなりすぎないような語り口なのが不思議な魅力です。

 

■魅力③:えげつない描写ポイント

個人的にえげつないと思った描写をただただ引用していきます。言葉選びが絶妙だったり、描写力の高さだったり。

 

自由には二種類あるのです、とリディア小母は言った。したいことをする自由と、されたくないことをされない自由です。

p54。あぁ~この社会はそういう社会か、とこの一文で開けた感じがしました。

 

わたしを怯えさせるのは選択なのだ。出口、救済の存在なのだ。

p118。先程の引用とも関連しますよね。されたくないことをされない自由下にあるなかで魅力的に映る一方で恐怖の対象となるのが、したいことをする自由への道、なんですよね。こうやってつながっていくの凄すぎる。

 

誰もセックスの欠如によって死にはしない。人は愛の欠如によって死ぬのだ。ここには、わたしが愛せる人がひとりもいない。

p190。だれもうれしくないディストピア…だとこの時点では思っていた。

 

これもまた脚色したものだ。

p260。こんな感じで事後的にこれは嘘です描写がある。②で述べたように、オブフレッドの意思が強めに感じられてすき。

 

あまりにも陳腐でとても真実とは思えない。

p287。解説不能だけど言葉選びが最高。

 

この意識の不在、つまり肉体から意識が離れて存在しているという状態は、司令官についても同じだった。

p291。めちゃくちゃわかる。肉体と意識の分離というのもそうだし、対話したことのある人とない人の明確な差。別のシーンで、人から"それ"に変わる描写があってそれも好きだけど、これは"それ"から人に変わる描写だよね。

 

でも、たとえそうだとしても、馬鹿げたことだけれど、わたしは以前よりも幸福だ。

p297。第一欲求が自分の幸福である人が私はすきです。将来に不安があっても、目の前の幸福に手が伸ばせないのはもったいないと思う派です。

 

愛がわたしを置き去りにして進んでいくように感じられた。

p334。こういうズレは埋められない。

 

大切なのは文脈なのだ。

p351。本当にそう。同じ出来事でも文脈によって幸福にも不幸にもなる。

 

他の人間が自分の不幸をそれほど願っていたことに気づく瞬間ほど嫌なものはない。

p353。現在のSNS社会の様相に通ずる。

 

あなたとこうやって話していても、現実感がまったく感じられません。

p358。ちょこちょこメタ的と解釈しうる描写がある。"あなた"は、読者を指している??

 

わたしたちはいつもそれが現実に顕現するのを待っていた。その言葉が肉体化するのを。

p412。わたしも肉体化するのを切望している節がある。

 

彼女の記憶から、わたしは消えさってしまったのだ。

p417。写真のくだりが出た辺りからこうなるんじゃないかと心配していたが、現実になってしまった…。彼女の情報がアップデートされてしまったことで、オブフレッドの中での過去を根拠とした幻想ができなくなるであろうこともつらい。

 

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独特な読書体験でした。どうやら続編??があるようなので、ぜひ読みたいと思います。