ずっとお城で暮らしてる

趣味にまつわる記録簿です。小説の感想がほとんどです。

”繋がり”と”多様性”

朝井リョウさんの『正欲』を読みました。

 

本屋大賞ノミネート作、8冊目!あと2冊を3月中に読めればよいので、あとは流して走っても余裕そうです。

 

朝井リョウさんはとても有名な方ですが、実は私は今回が初めましてでした。朝井リョウさんって"就活"のイメージがあって(『何者』のイメージだと思われる)、まだまだ就活の記憶があるうちは何となく手が伸びなくて、巡り合えずにいませんでした。

 

さて、本作ですが、なんと度肝を抜かれました。オビ文に『読む前の自分には戻れない』とありますが、ある意味でその通りでした。私の価値観とリンクする要素が多くって、読了後は気を抜くと本作を出発点とする思考の海にさらわれてしまいます。

 

前半は、けっこう王道展開な感じがあって、本屋大賞ノミネートの他作と似ていて、割と不幸中毒めの作品かな~と思っていましたが、中盤からの盛り上げ方というかひっくり方というか、『あ、ここまで来たか』という感じでした。(語彙力どっかいった)

 

なにより、多人数視点での描き方がすごくうまいなと思いました。同じものごとに対して、こんなに見え方が変わるんだなぁと…。詳細はネタバレ含むので後ほど。

 

では以下ネタバレありで書いていきます。

 

 

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■ 寺井啓喜

本作の登場人物の中では比較的マジョリティ側というか、とても真面目な人でしたが、一番ヒヤヒヤする展開でした。啓喜のあずかり知らぬ所で何かが変わり始めている感じが…。

そしてメタ的にみても、啓喜に"世間的に正しいこと"を言わせるためだけに啓喜を存在させているわけではなくて、ちゃんと生きているのが魅力的でした。啓喜の中で徐々に芽生えていった感情が、自分の言ってきたことと見事に矛盾してきて、綺麗な伏線回収の感じが鮮やかでした。

 

■ 桐生夏月/佐々木佳道

夏月たちは私よりも上の年代ではあるのですが、現時点で20代後半~30代前半の世代の諦念の感じが、リアリティすごかったですね…。朝井リョウさんって我々と同世代ですか???なんでこの感覚共有できてるんだろう…。

いや、違うか。世代の雰囲気というわけじゃなくて、こういう感覚持つ人はどの世代にもいるんでしょうね。

 

私も、夏月たちほど明確な理由があるわけではないのですが、『みんな好きな人がいて当たり前』『夜になると誰だって下ネタで盛り上がりたいはずだと思ってる』、こういう前提にひどく吐き気がします。これまで感じていた違和感をうまく言語化していただいた感覚です。

無論、それを伝えない私も悪いし、好きな人については私もいてほしいと思うし、また、単位がグループ単位なら基本やむを得ないとわかってはいますけれど。

 

■ 神戸八重子/諸橋大也

前半は八重子のダイバーシティフェスを中心に話が進んでいたので、自然と八重子に感情移入しつつ読んでいました。小説のテーマもうんうんこんな感じね~、とこのときは思っておりました。

そして後半、視点が大也に変わってからというのが、一番度肝を抜かれた部分です。視点がこっち側になると、こんなにも見えるものが違うんだ、と思いました。しかも、前半感情移入していたはずの八重子のことを大也と共に"気持ち悪い"と感じてしまうのが一番ハッとさせられたポイントです。

 

■ 自分に対する嫌悪・羞恥

こういう他人からの無理解がテーマになると、どうしても自分は達観視点で見てしまうというか、自分は彼彼女らの主張を全部わかって、配慮できる人間です、とどこかで思って読んでしまう節があります。本作の前半は割とそうでした。後半は、まさしくそれを一気にぶん殴ってくる作品でした。

 

■ 多人数視点の描き方がうますぎる

前半の視点から、後半になるとその対となる自分の視点に変わることで、物語の時系列としてはまっすぐ進んでいくけれど、見え方が全然変わるという現象、素晴らしかったです。しかも、それぞれの人物の描き分け?がしっかりしていて、登場人物たちの生きている感を存分に味わえました。

 

■ "繋がり"があるから苦しいけど、"繋がり"があるから大丈夫

"繋がり"が本作の大きなテーマの一つです。これは凪良ゆうさんが描かれているものと共通点が多いと感じていて、非常に私の中に印象的に残った点です。

社会という団体で生きていくために法律を守ることは必要最低限のルールですし、その社会の中にあるコミュニティ、つまり"繋がり"の中で生きていくためには、悪意の有無に関係なく、傷つける人傷つく人が出てくるのは、もう避けられないことだと思います。任意の人は、加害者でも被害者でもあるということです。

そんなあっちをみてもこっちをみても傷つけあいが発生しているバッドエンドな世の中で、ハッピーエンドを迎えるための手段が、これもまた"繋がり"だと思うわけです。

夏月と佳道の、同じ価値観を持つもの同士の"繋がり"は勿論、八重子と大也のような正反対の"繋がり"も、また彼彼女を救ってくれる可能性のある"繋がり"だと思うわけです。

凪良さん作品も、生きづらい人々がつかみ取ったわずかな希望として、"繋がり"を描いている作品が多いように思います。

 

■ ”多様性”

本作のもう一つのテーマが"多様性"ですね。"繋がり"と共通する部分も多いですが。

 

さきほど述べた、ハッピーエンドを迎えるための手段としてもう一つが、"理解しようとしないこと"があるのだと思います。

もうひとつは、自分の視野が究極的に狭いことを各々が認め、自分では想像できないことだらけの、そもそも端から誰にもジャッジなんてできない世界をどう生きていくかを探る方向。いつだって誰だって、誰かにとっての"性的なこと"の中で生きているという前提のもと、歩みを進める方向。

p274より引用です。

他者を理解しようとするな。

p300より引用です。

 

理解せずとも対話はできるはずです。だから、理解しようとしないこと、理解できないことを理解すること、理解してもらおうとしないこと、理解してもらえないことを悲観的にとらえないこと、は今後の一つの道筋ではないかと思っています。

 

よく知られたマイノリティ以外にももっと少数のマイノリティがいたんだ、それも知っていかなきゃね、ではなくて、知らないマイノリティなんて知ることが無理なレベルで無限にあること、それを人類共通認識にしたい。

 

厄介なのは、自分の理解の範囲で無理やり理解して、対話という名の断罪をしてくる人々です。その人の価値基準において、他人を裁く人が多いのは、SNS社会だと顕著ですね。

 

でもまぁこれも難しい所で、本作でもありますが、どこまでを表現の自由として、どこからを公序良俗に反するとするか、どこまでを無罪として、どこからを有罪とするか。これはもういくら頑張っても主観抜きでは決められない事項ですので、時代と共に移ろいますし、わかりやすくこうすればいい!というのはありませんね。

 

■ まとめ

現在の私の置かれた環境ともリンクして、非常にクリーンヒットな要素の多い作品でした。エンタメ的な面白さは少ないですが、本当に読んでよかったと思いますし、今後の私に影響を与えること間違いなしだと思います。

本屋大賞ノミネート作の中では、個人的にはだいぶ上位に入ります。でも他とジャンルが違いすぎて、非常に悩みどころですね…。

 

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朝井リョウさん、これを機に『何者』とか前の作品もあさってみようかな。