ずっとお城で暮らしてる

趣味にまつわる記録簿です。小説の感想がほとんどです。

ヴィーナスの命題

真木武志さんの『ヴィーナスの命題』を読みました。

 

友人からのオススメ本で、確か『なんだかよく分からなかったので読んでほしい』みたいなオススメのされ方だったと思います。

 

ごめん、私も分かりきることはできなかったよ…。

 

本作は青春ミステリ小説ですが、明確な解決編がなく、犯人及び真相が確定されないまま終わります。私も読み終わったのにモヤモヤを抱えたままだったので、そのまま2週目を読みましたが、絞りきることはできませんでした。

 

でも、綾辻行人さんの推薦文がついており、『隅々まで考え抜いて書かれた良質の本格ミステリ』であることと『最後まで読みとおしても事件の犯人や真相がよく分からないという人がいない保証はできない』ことが保証されています。これは逆手にとれば、明確に犯人や真相が特定できる、ことを示しているわけで、本作品を余す所なく解釈できればこのモヤモヤは晴れる、ということになります。

 

古い作品のためか、本書の特殊性のゆえか、はたまた人気がなかったためか、ネット上の考察民が少なく、納得のできる考察が転がっていません。そうなれば、自分で読み解くしかあるまいと思って2週目読んだのですがね…。

 

小説としては、登場する高校生たちが軒並み迂遠な言い回しを使いこなしており、こういったキャラに憧れる高校生は沢山居れど、実際に使いこなせる高校生は居らんだろうと思うので、非常にフィクション色の強いものとして楽しむ必要があります。特に前半は、意味も読み取れないので、日本語を読んでいるのに日本語を読んでいない感じでした。

 

一方、中盤から終盤にかけての畳みかけ方と盛り上げ方は異常なほどでした。色々な事情が明らかにされ、彼彼女らが何について話しているかがようやくわかってくると、一気に不穏の正体に近付いた感じがして、展開で一気に読ませる構成でした。とても面白い読書体験でした。

 

では、以下はネタバレを思いっきり入れて、現時点での私の拙い考察を長々と書いていきたいと思います。

 

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本作は本当に謎が多いので、思いつくままに書いていきます。まとまりがなくてすみません。

そして、基本的に物的証拠はほとんど登場せず、アリバイもあってないようなものなので、各登場人物の言動からの考察が主になると思います。

 

■ 黛は自殺か他殺か

そもそもこの点について、断定できる証拠を私は見つけられませんでした。状況・雰囲気としては、ほぼほぼ他殺なのだと思いますが、他殺でなくてはならない論理、高槻が語った恐らくは作り物のストーリーを否定するだけの証拠ってなくないですか…?

自殺である場合、2-8から飛び降りようが2-1から飛び降りようが知ったこっちゃないので、高槻(の裏に居るしのぶ)がこんな回りくどい展開を準備をして少女A及び乃木を説得する必要があるのか、不可解ではあります。偽装するも何も、そもそも自殺なので…。そもそも黛の事件に関して、しのぶはあまり興味がないようでしたので…。

他殺である場合、それを自殺と偽装するよう画策することは、乃木と益子の関係性にヒビを入れないという、しのぶのささやかで小さな物語を守る姿勢と調和します。

以降、他殺という前提で話を進めます。

 

■ 犯人=少女Aなのか?

これも、色々な可能性があると私は思ってしまいます。結局、どこに嘘が混じっているかどうかを見極めないといけないのですよね…。

犯人=少女Aである場合、状況は簡単ではあります。落下元の場所と自殺/他殺に嘘が混じっているだけで、黛は2-8で少女Aに突き落とされて死亡した、ということになります。

 

■ しのぶ犯人説

そうでない可能性のうちの一つは、しのぶが犯人である場合です。しのぶは少女Aが逃げていくのを観測し、状況を理解し、自分の物語を展開させるために黛を突き落とした…。しのぶは当時廊下に居たと考えられるので、物理的には十分可能な状況下であったと思いますが、いかんせん動機が不明すぎますね。しのぶの物語にとって、黛が死んでいないなら死んでいないことに越したことはないように思いますので。

 

■ 乃木犯人説

他の場合としては、乃木犯人説ですね。これは数少ないネット上の考察で書かれていて、あぁその可能性もあるのか…と思ったものです。乃木については、動機はいくらでもあって、物理的にも、語られていない部分を好意的に解釈すれば、可能ではあるのかなと思います。色々な場面でも、乃木が犯人であると考えると意味深な描写もいくつかあります。しのぶの行動理由も、あくまで乃木と益子の関係性を見たいので乃木の殺人を握りつぶすという理由がつきます。少女Aについては、本当に無名の少女で、突き落としていない。黛と少女Aのやり取りがあった後に乃木が突き落とした、とすれば矛盾はありません。

…でも、個人的には納得できない箇所がいくつかあります。パート56の、乃木の妄想上での黛とのやり取り。この黛が乃木が妄想の上で創造したものとすると、直接的な表現はなかったとしても、もっと違った会話になるのではないでしょうか。黛視点で乃木犯人であることは明確なので、もっとそのことを迂遠になじるような表現になるはずだ、と私は思います。乃木が多重人格説はありますが、私的にはそれはアンフェアな感が否めません。

 

★以後、犯人=少女Aという前提で話を進めます★

 

■ 少女Aは誰か??

これは重要な謎の一つです。ある程度の話を信用していかないと絞るものも絞れないので、

・少女Aは2-1の女生徒である

・事件当日、現場から逃げ出した際に乃木が前を走っていた

は真実と仮定しておきます。そうすると、自ずと説は3つです。

 

■ 少女A=無名の少女説

これは一番順当な説です。少女Aとしてしか語られていないのであれば、アリバイも動機もなんでもありです。しのぶの物語としても、少女Aには全く興味がない一方で、乃木と益子の関係性、そしてしのぶ自身にとって障害となり得る存在となるので、自殺であったと説得する意味があります。でも、順当すぎて少々面白くない…(身もふたもないな)。

 

■ 少女A=柳瀬説

これが、個人的には一番面白く、そして現時点で主張したい真実になります。各人物の描写を素直に受け取った時に、一番矛盾のない説なのではと…。

私がそう思わずにいられなくなっているのは、一つの気付きに理由があります。もちろん可能性の一つにすぎず、無理があるのかもしれませんが。

「彼女」もまた黛に呼び出されていた。

しかし「彼女」は柳瀬ではなかった。

p364のこの表現です。順当に読めば、黛は柳瀬を呼び出したつもりが、別の人(少女A)が来てしまった、という表現になりますが、『黛が呼び出した「彼女」は柳瀬ではなかった』と読むこともできませんか??この時点で、黛は柳瀬ではない別の女生徒に心を奪われていた。席替えによってその女生徒が居た場所に柳瀬が収まり、柳瀬に呼び出しが届いてしまった。『バカじゃないのってワラッてすませてあげるツモリでした』という発言も、柳瀬っぽい言い回しなんですよね…。まぁ、黛に対する各人物のスタンスが分からないのでなんともですが。

その後の描写から、少なくとも高槻と乃木については、少女A≠柳瀬と認識していることがわかります。逆にとれば、少女Aこと柳瀬は、高槻の言動から、少女A=柳瀬と思われている心配をする必要がありません。その後も、そういった表現はありませんでした。

また、そのあとに高槻がしのぶに対して言った『少女Aを見つけるのは簡単ですよね』にしのぶが答えなかったのも意味深に見えます。しのぶは少女Aに全く関心がなかったわけではなく、少女Aこと柳瀬を守る行動であったとみることができます。

そして、事件そのものについてです。

まず、物理的には十分可能です。まず乃木と会話をしたのち、黛と会って突き落とす。その後、車の暴走事件を引き起こす。2つの事件が時間的に十分乖離しているのは、しのぶが2つの事件をどちらも目撃していることから明らかです。このため、柳瀬としても物理的には可能です。

動機は、やや弱いです。現時点での柳瀬は公文を好いていると思われるので、黛に否定された所で別になんとも思わないような気もします。ですが、p284の『勘違いからはじまっていることなんだから、すべてを無効にしちゃってもイイはずなのよ』というのが非常に意味深に聞こえています。

場面展開と心情変化としては、自然です。なにより、2回目月曜日は柳瀬として描写されているシーンが一つもないので、場面の繋がりでおかしなことにはなっていません。

 

■ 少女A=益子説

一応これもあります。この場合、しのぶが画策する理由付けは一番強くはなります。

ただし、益子視点に近い場面がいくつかあり、その場面との接続が著しく悪いです。初読の際に匂わせていた犯人ムーブも、基本的には乃木との関係性の件で全て説明がつきますし。

特に致命的だと思うのは、しのぶのことに詳しくない描写があることと、2回目月曜日の場面の流れですね。高槻と会話し、少女Aとしてしのぶとも会話したのち、益子として堂々としのぶとやり取りをする。ちょっとイメージとのギャップを感じます。

 

■ 少女Aに残る謎

少女Aは、終盤において「彼女」と括弧書きで表現されています。また、パート42でも少女Aと思われる語りがあるのですが、ここでは"彼女"と表現されています。この表記ゆれには何か意味があるように思われます。単純に一人称に近い表現が"彼女"、他人からの呼称として「彼女」であり、パート42も少女Aであるというのが好意的な読み方です。一方で、パート42の"彼女"は少女Aではない可能性もありますね。特にパート42の語りは意味深すぎて、謎が多いです。

また、ここで公文とすれ違って?いるので、これが柳瀬やしのぶだと仮定した場合、無反応なのはおかしい気もします。友人と歩いていたのでまぁ単純スルーの可能性もありますが…。

 

■ 黛転落の流れはどういったものか?

少女Aが犯人で、基本的には高槻が説明したような流れが概ね真実だとするならば、黛はなぜいきなり窓を開けて『来てくれたんだ』と言ったんでしょうか…。自然に考えれば、窓の外に意中の相手が居たという事なんでしょうかね…?一瞬、科学室に居る益子が意中の相手!?!?とも思いましたが、読み解くと転落したのはグラウンド側で、廊下の中庭側でないと科学室を見ることはできないようでした。

 

■ 公文聡美の物語とは?

明確には語られませんが、公文聡美と高槻が恋仲か何かに進展したが、公文兄はそれが認められないか何かで、高槻と決闘した。このままではグループ崩壊を悟った公文聡美は、未来に何も描けなくなり、つまり今以上の幸福を得られることはないと判断し、飛び降りた。こんな感じでいいんでしょうかね。そしてしのぶはその判断を否定するために、公文聡美よりも大きな物語を探している、と。

 

■ 顛末

「保留」オチは、結構すきです。乃木が多用することで印象付けていたし、なにより真相が分からねぇ!って気持ちを「保留」にすることができます。

 

■ そのほか、謎の多い伏線たち

気になった解釈できそうな描写たちをただただ列挙します。

 

◎パート1

乃木がなぜ窓について執着しているか?ただこれは事件前なので、ただの象徴的な描写というだけという説が濃厚。

乃木が、柳瀬が居ることを意外だと描写しています。この時間に、ここに居ることが意外ということは、何らかの理由があって(黛に呼び出されて)、ここに居ることを示唆しているようにも思われます。

 

◎パート4

この描写だけでは、2-8か2-1かは判断できません。

 

◎パート9

中学時代に脅迫文を送った人物はついこないだ死んじゃった??黛なのでしょうか。学校はT中のはずです。「中学時代」というのは、パート42にも出てくるので、何かしら私の認知していない意味があるのかもしれません。

 

『いまの私の意識を占めているのは、ささやかだけれどもっときれいな物語よ。~(中略)~。死という起点には揺るぎのない重さがあるから、そこからどんな展開があって私の大切な物語を浸食してしまうのか、それがとても心配なのよ』

しのぶの行動理由はこれに尽きると思っています。乃木と益子の物語を、意図せず重なってしまった黛の死と遠ざけたい。また、どこまで意図的であったかは分かりませんが、S中メンバーに公文聡美の自殺を受け入れさせたい、というのもあったのでしょう。

 

◎パート10

時系列的に、公文の『さとみ』という寝言で、牧永はしのぶの意図を知った(勘違いだったが)ということでしょうか。柳瀬を公文聡美の代用とする、ような。

 

『ちゃんと約束は守るからね』

柳瀬と公文の約束とは何か??

 

◎パート13

結局の所、公文の飛び降りの意図が十分には理解できていない。このパートは公文の様子がおかしいよね…益子が部長である世界線からやってきたみたいなトンデモ展開ある…??

 

◎パート16

美久子はトコトン謎なんですよね…。このキャラが居る理由とは…?このパートが差し込まれる理由とは…?通称"中庭の彼女"であるため、"彼女"と表現されていることに気づきました。パート42は美久子だったりするのか…?わからん……。美久子は1年生のはずなので、犯人候補の対象外とは考えています。

また、牧永が『クミコ』と呼ぶ理由も不明ですが、文脈的に商売をしている時の美久子のハンドルネームなのでしょう。

 

◎パート18

益子の隣に居た子は少女Aなのかどうか…。断定的表現はないと思うので、特定材料にはなり得ません。

 

◎パート19

夢の話は一理あるなぁと思いました。

 

◎パート29

益子は、柳瀬犯人だと判断したうえで、かばうために高槻を犯人にたたき上げている、という理解でよいはず。

 

◎パート30

柳瀬は、車の事件を公文に問い詰められると覚悟していたが、そうじゃなかった。

虹の比喩を使って、家長である創一が不問にしているのであれば、柳瀬自身を含む家族は、この件を不問にすべきだ、と警告している、という理解でよいはず。

 

◎パート32

益子が投下した、柳瀬に関する爆弾とは結局なんなのか??

これが結構な鍵を握っていると思うのだが…。元父親とのトラウマっていうのが自然な解釈だが、それでよいのだろうか?

 

◎パート29

ここだけ時系列が戻る理由は何??

『護も偉くなったものね』これは、少女Aの行動を推測する際に、再びしのぶから発せられます。そう考えると、益子犯人説を示唆しているともいえなくもない…。

 

◎パート37

しのぶが乃木の月曜日の経緯を聞いているのは、しのぶと同じように犯人に危害を加えられる可能性を危惧したから、でいいはず。

乃木も書き置きで呼び出されたのなら、これも席替えの効果が発揮されている??と一瞬思いましたが、ご丁寧に乃木のカバンは特徴的な紐になっているとの描写があり、乃木と益子の関係性なら間違えようがないかと思います。

 

◎パート39

私の理解では、乃木は落とされたくだりで、事件の概略を理解したけれど、少女Aについては特定できていない状態です。

 

柳瀬聡美→公文聡美のくだりはテンションあがったなぁ。でも最終的にはミスリーディングなのだろうか…。

 

◎パート41

ここでも柳瀬の爆弾が何なのか気になる…。

『このつよさはなんなんだろうって、すごく興味が湧いたの。もっと知りたくなった」

…だから落としてみた??

 

ああ――窓は、逃げ道だったんだ。

これが示唆するところが分からねぇ~~。

 

◎パート42

一番の謎パート。中学の運動会の脅迫文に何か絡んでいる"彼女"が、乃木を突き落とした"彼女"が、少女A宛ての手紙を見つけて持ち出す。順当に考えれば"彼女"=少女Aでいいんだが…。

 

◎パート43

「月曜の朝の布石の意味」ってなんでしょう???

1回目月曜については、朝の描写なかったと記憶しており、2回目月曜も朝の描写はほとんどなかったように思うが…。

 

◎パート47

『乃木が一番わかってるはず』に対して乃木がめちゃくちゃ動揺しているのは、なぜだろう…。乃木が犯人だから。この時点で、乃木は益子犯人説を検討しているから。でしょうか。個人的には後者。このあとに益子が『ぼくだったのかも』というのにも動揺していることから。

「人間の間引き」の話を持ち出すのは、乃木犯人説をほのめかしてなくもない…。

 

◎パート51

少女Aの台詞がカタカナ調なのはなぜ?個性を埋没させようとしている?

 

■ まとめ

う~~ん、わからん!(笑)

多分ですが、推理小説における技術に対して造詣が深くないとわかりようがないのかもしれません。

モヤモヤは一向に晴れませんが、ずっと考えてしまうくらい、新鮮で印象的な読書体験でした。いつか真相を知ることができますように。