ずっとお城で暮らしてる

趣味にまつわる記録簿です。小説の感想がほとんどです。

黒牢城で渦巻く"信念"

米澤穂信さんの『黒牢城』を読みました。

 

発売当初に買っていたのですが、見た目からして重厚感が凄そうで、しばらく積読して熟成させていました。時代小説を普段はほとんど読まないので、戦国×ミステリという物々しさにちょっと手が出てなかったのもあります。

 

ですが最近、あれよあれよというまに様々なランキングや文学賞で1位を獲られています。これ以上、私の中でのハードルが上がってしまう前に読まねばなるまい!と思って読みました。

 

端的な感想としては、「この人すげぇもん書くな…」です。ミステリ的な面白さと時代小説的な面白さが互いに見事な相乗効果を生み出しており、一作全体として積みあがっていく面白さと深さは小説一作とは思えないほどです。

 

これを可能にしているもの、ミステリと時代小説を見事につないでいるものとして、"信念"が重要なキーワードであると感じました。事件を解く探偵役(戦国時代の話なのに探偵役っておかしい気がするが…)には、解かねばならない切実な想い、そこにつながる"信念"があって、事件に向き合っています。そして事件の犯人にしても、その事件を起こした背景にはその人の"信念"がしっかりとあり、魅力的に描かれています。つまり、事件がトリックのためにあるのではなく、人のために存在しているんですね。

 

こういった形式で、ミステリ的展開によって明らかになる"信念"が、時代小説的な面白さにもつながるわけです。時代小説は、大枠や出来事自体は史実に沿わせる一方で、各人物がそういった行動を取った背景にある"信念"を解釈し、描くことが魅力であると勝手に思っています。本作では、事件によってこの"信念"を見事に抉り出し、時代小説の魅力として昇華させています。

 

さらに、物語内での事件とその解決というミステリのみならず、この物語全体としての、米澤さんの史実解釈においてもミステリたり得る、というのがすごいです。荒木村重黒田官兵衛を中心に、戦国時代の人物が何故こういった行動を取ったのか、それを米澤さんがミステリ的に解き明かしている構造にもなっていると感じました。

このあたりは北村薫さんの『六の宮の姫君』に通ずる所があり、おそらくはこの境地を目指して描かれたものであろう、と想像します。

 

小説としては時代小説の方がベースになっているのでスイスイ読める感じではないことと、私自身の知識不足もあり場面が想像しにくかったこと(事件現場がどういう立体構造なのかいまいち不明、等)は挙げておきます。ただし、普段時代小説を読まない私でも基本は難なく理解できる描写になっていたり、明らかに難しい単語についてはサラッと単語紹介が挟まれていたりと、読むのが苦にならない工夫もされていて、私は楽しく読めました。

 

では、以下はネタバレありで内容に触れていきます。

 

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【雪夜灯籠】

本作の事件現場が、一番イメージしにくかった所です。自念が閉じ込められていた納戸は窓か何かがあったのだろうか?納戸の大きさと警備の人の配置関係はどんなもんだったのか??このためトリックは少々理解不足な感があります。

時代小説的な文体や戦国の雰囲気については比較的早く慣れ、早くも物語に浸透し始めることができました。自念…悲しいけれどそういう時代なのだものね…。

そして村重の"信念"がはやくも魅力的に描かれています。織田家に謀叛し、人質を殺さない"信念"、それらを背景とすることで伝わってくる事件を解決しなければならない"切実さ"…。

それにしても官兵衛の安楽椅子探偵ぶりがすごい(笑)。この設定というか解釈をした米澤さん天才か。

そして今振り返ると、火鉢のシーンは意味深すぎたな…。この編内ではあんまり回収されてなかったし。

 

【花影手柄】

ここでも、発生する謎と、それを解決しなければならない村重の切実な事情が、とても面白いです。官兵衛のことを利用しているようでいて、完全に依存してますよね…。段々と村重の求心力が落ちていくさまも、リアルでした(戦国時代の話にリアルとはこれいかに…)。

それにしても、事情を聞くのに茶室というカモフラージュをしないといけないとは、大変ですね。現代以上に、求心力のマネジメント能力が求められている時代…。

後から見返すと、なるほど首をすげ替えた点は確かに未解決事項だったか…。うまくミスディレクションされました。

 

【遠雷念仏】

寺男を死んだように見せかける芸当、すき。正確には犯人目線でのどんでん返し展開、すき。

五本鑓が話が進むごとに死んでいくの悲しい…。

本作は時系列で出来事をまとめるくだりがあるなど、いかにもミステリっぽかった。米澤さん短編作品の魅力の一つは、一作で色々なジャンルのミステリを味わえる所だと思っています。

ラストの落雷死は衝撃的すぎて笑っちゃったけど、戦国時代という魔法の下では不思議と「まぁそういうこともあるか…」と思ってしまった。

 

【落日孤影】

最期を締めくくるのにふさわしい編です。求心力が明らかに落ちていく中でもがく村重の"信念"。そして全ての事件の裏側に潜んでいた千代保の"信念"。官兵衛が村重を手伝ってきた裏に隠されていた"信念"。これらが明らかになるというミステリ的面白さと、各人物の人間味が急上昇することによる時代小説的面白さ。

序章で語られる"因果"についても伏線回収がなされていて、よい。

 

【果】

ものすごく大河ドラマのラストっぽい。各人物のその後を史実をもとに触れつつ、最後は官兵衛の内省とその後で締めくくる。あぁとても面白かった。

 

【過去の米澤作品との類似点】

史実をミステリに仕上げる構成は、『さよなら妖精』やそこから続く大刀洗シリーズの系譜を感じます。"信念"というテーマは、『王とサーカス』や『満願』から意識されているように感じます。ラストの雰囲気は、一瞬『犬はどこだ』を彷彿とさせましたが、後味はマイルドに仕上がっていました。

 

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フーダニットやハウダニットで解決までの道のりを楽しませつつ、最終的にはホワイダニットに持ち込んで時代小説的面白さへと昇華させる、『戦国×ミステリ』という異色ジャンルでありながらも王道を往く面白さでした。

ミステリ × マジック

相沢沙呼さんの『午前零時のサンドリヨン』を読みました。

 

mediumを読了したはるか昔に、友人にオススメして頂いたのが買ったきっかけだったような気がします。

 

久々にザ・日常の謎作品を読み、大満足でした。medium/invertとはジャンルが違うわけだけれども、どこか似たようなエンターテイメントの雰囲気を感じます。これが相沢さんらしさなのでしょうね。

 

先に書いておくと、本作が好きという方は、北村薫さんの覆面作家シリーズを是非読んでください!!絶対気に入るとおもいます。

 

本作ではマジックが象徴的に扱われています。そこを意識してなのか、作者本人がマジック得意だからなのか、分かりませんが、とても対話している印象を受けました。マジシャンが、観客と対話しながら進んでいくように。本来は小説→読者への一方通行であるはずなのに、読者の考えを見透かされて先回りされているような。

 

マジックを見た時のような、エンターテイメントとしての質の高さに唸らされるような作品でした。

 

では、以下ネタバレありで書きます。

 

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詳しく言うとmediumのネタバレになってしまうので避けますが、特にエンターテイメント的側面において、かなり似た雰囲気を感じたなぁと思いました。

 

まさしくマジックと同じなのだと思いますが、読者の思考誘導、目線(?)誘導が素晴らしく、1冊全体として綺麗にまとまっている感じが本当にすごいです。

 

さらに、作者の時系列としては本作→mediumの流れであるわけですが、特に人物描写について、レベルアップの過程を垣間見た気がしました。あぁ、mediumで感じた魅力の源流がここにあるな、という感じです。

 

最近の個人的趣味として、鈍感系主人公苦手というのがあるので、須川くんへの思い入れは今ひとつでした。でも君の素直な感じは面白い。

 

酉乃さんはとても可愛かったです。探偵役として活躍するわけですが、そこに依存しちゃう感じが高校生らしくてとても良いです。

 

日常の謎と、日常の謎を餌に変化していく人間関係という描写の感じが、とても北村薫からの影響を感じます。北村薫作品を読み返したくなった。

 

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本作は続刊があるみたいなので、また日常の謎と青春要素を摂りたくなったら読みます。

『エスキース』が見たい

青山美智子さんの『赤と青とエスキース』を読みました。

 

青山さん作品は3作目です。本作は最新作なのですが、青山さんがTwitterでRTしていたプルーフ本の感想が気になって、買ってしまいました。販促に見事引っかかっています。

 

これまで読んだ2作と共通する暖かみがしっかり感じられる作品でありつつも、恋愛の切なさと、作品としての大きなサプライズが足されていました。『木曜日にはココアを』と同じく、連作短編なのに華麗な着地を決める感じが流石です。

 

では、以下はネタバレありで書きます。

 

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短編ごとに見ていった後、全体について触れます。

 

【金魚とカワセミ

『始まれば終わる。』という書き出しだったのが、最期には『終われば始まる?』となっていく流れがとても良かったです。この短編一つでも十分完成されていると思います。

最後の見つめあう描写がとてもすき。

 

【東京タワーとアーツ・センター】

青山さん作品には、徹底した悪役が居ないのが、とても安心します。ジャックとの思い出を大切に生きてきて、夢の実現にまっすぐな空知が好きです。

 

【トマトジュースとバタフライピー】

師弟関係のお話はとても新鮮でした。他人からみた自分の印象って、一生自分自身じゃ分からないんだろうな、と思いました。でも他人からみた自分の印象を知ることで自分自身を知ることにも繋がるのですよね。

 

【赤鬼と青鬼】

この作品も、普通に単体の短編として、とても満足感の高いものなんですよ。リリアルのオーナーさんすごい人だし、二人のもどかしさも可愛らしいし(50代であることには目を瞑る)。

それなのに、ラストのネタバラシよ…。一気にブワッてきました。

事前情報をほとんど入れずに読んでいて、オビ文すらまともに読んでいなかったので、仕掛けがあること自体最後まで気づいていませんでした。これまでの人物のその後はまとめてエピローグで語られるのかな〜?とか呑気に考えていました。

 

【エピローグ・全体】

ジャックの語りを通して、全体のネタバラシが行われます。ひぇ〜〜!想像以上の仕掛けでしたね。どの短編にも2人が登場していたとは…。

基本的には異なる人々のお話を読んでいたつもりが、同時に2人のその後も読んでいたのだ、ということに、読み終わった時に気づく。こんな体験なかなかできません。

気持ちの良いどんでん返しであるとともに、どんでん返し自体が目的になっているわけでは決してないところがとても心地よいです。

 

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本作も大満足でした。青山さんは引き続き読み漁っていきたいです。

地獄のサラミちゃん

よしもとばななさんの『ジュージュー』を読みました。

 

よしもとばななさんの幻想的な作品は、定期的に読みたくなります。本作はページ数が少ないこともあり、ふと手が伸びて読みました。

 

ジャンル・よしもとばななに関してはあんまり詳しくないのですが、それでもよしもとばなな味を強く感じる作品でした。

 

表紙から想像するものとはだいぶ印象の異なるお話です。ふわふわしていながらも、悲しさと嬉しさといろんなものが両立することを教えてくれる、そんなお話です。

 

以下、ネタバレありです。

 

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主人公の感情のお話と出来事のお話が絡み合っていて、話の流れはきちんとしているにも関わらず、フワフワして幻想的な雰囲気を感じさせます。これは、『N・P』でも感じた気がする。

 

『ママがしてきたことは、ママが死んだって、終わったりはしない。』

p106のこの描写が非常にグッときました。『かか』のうーちゃんにもこの想いが伝わってほしい。

 

あとは、宮坂さんとのあれこれ。結婚の話をされた時の、演技のくだりは、自分は経験ないはずなのになんだか共感性高く感じました。

でもでも、iPadがあるような時代にこんなお付き合いの仕方ってほんとにまだ残っているのかね……?私が疎いだけ??まぁ疎いのですが。

 

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感想を言語化できるような作品ではないので感想にはなっていません。とはいえひどい。もっと書きたいことはあるはずなのですが、全く言語化できない…。よしもとばななさんからはもらってばかりです。

宮田と江永

武田綾乃さんの『愛されなくても別に』を読みました。

 

吉川英治文学新人賞を受賞されているということで目が留まりました。この文学賞の存在を今回初めて知りました。

 

大学生が"普通"や"不幸"と向き合っていくお話です。家族というか親子関係が大きなテーマになっています。

 

個人的には共感ポイントは少なかったものの、描かれている生きづらさはとても現代的で、リアリティを感じました。

 

人間が生きていくうえで必要なコミュニティのなかでも、(単に血の繋がりや戸籍上の関係を指す)家族が第一コミュニティである必要はないよね。むしろ、第一コミュニティをこそ"家族"と呼称すべきだよね、そんな祈りを感じました。

 

では以下はネタバレありで書きます。

 

 

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人物ごとに。

 

【宮田】

長い間、母親との関係性に悩み苦しんだ子です。江永との対話の中でも象徴的に出てきますが、いくら親子といっても、その前に人と人なわけです。親子というのも人間関係の一つなんです。だから、友達や恋人関係と同じように、色々な形があって然るべきだし、その中には良い関係性も悪い関係性もある。

 

でも、親子・家族というものを無条件に善いものとする価値観があるわけで、それに宮田は苦しんでいたのだと思います。

 

『私ね、多分、このままだとお母さんを殺しちゃう』

宮田を象徴するような台詞だと思っています。特にまだこの段階では圧倒的不幸中毒な印象…。

 

芳香剤のくだりは共感性高い。何か分かりやすいものを祈りの象徴とするやつ。自我を保つためには必須の感情である一方で、なんとも脆い感情です。橋本紡さんの『流れ星が消えないうちに』でもこの感情でてくる。たしか彩瀬まるさんの『あのひとは蜘蛛をつぶせない』にもあったと思う。

 

不幸中毒な感じは、私個人としては共感性が低かったです。"不幸"って主観的感情ですから、他人と客観的事実を以って比べるものでは決してないと思うんだよな…。その不幸がありふれているからといって、不幸として捉えてはダメなんておかしい。

 

そうは言いつつ、知らないうちに私も不幸中毒的な感情が湧いてくることはあるので、そういった意味ではリアリティが高い描写でした。

 

最期には宮田はささやかな"幸福"を感じる。息ができる場所とコミュニティを獲得して、宮田としての価値観形成の第一歩を踏み出したような終わり方。この先どうなるかなんてわからないけど、それはそれとして、いまの"幸福"はしっかり"幸福"として受け取れる感情になってくれて、私は嬉しいです。

 

【江永】

どちらかというと私は江永の価値観に近いのかな〜。あくまで相対的に、だけど。

 

この子も血の繋がりに苦しめられている。宮田に対しては大人ぶった感じを出してきているけれど、まだまだ自分の中では消化しきれてない感がある。

 

でも終盤にかけて、その自分の感情を抱えたまま生きていこうとする姿勢が感じられて、とても嬉しいです(…私は誰目線でこれを言っているの?)。

 

宮田との出会い方というか運命については、ささいなものですけれど、だからこそ私は少し救われた気持ちになりました。こんなささいなことでも、場所やタイミング、その時の感情によって、あらゆる繋がりが運命たりえる。これは、拗らせて運命論者になりつつある私を支えてくれます。

 

【まとめ】

宮田と江永が、なるべく沢山の"幸福"を掴み取れる未来を願ってやみません。

 

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それにしても、オビの「共感度120%で大反響!」はやめてくれ…。そう書いてあって共感度120%だった試しがないので…私が平均から外れているのかもしれないけれど。

ジャンル"竹宮ゆゆこ"の入門にオススメ

竹宮ゆゆこさんの『応えろ生きてる星』を読みました。

 

竹宮ゆゆこさんの作品(一般文芸)のまだ読んでない小説は、本作を含めてかなり前からすべて積読しています。でも、もったいなくてもったいなくて…!竹宮ゆゆこ成分は貴重なのですよ。

 

最近竹宮ゆゆこ成分の欠乏を感じたので、本作を摂取しました。本作はその要望に120%応えてくれました。圧倒的な竹宮ゆゆこ味。1日で駆け抜けてしまいました。

 

前半のジェットコースター展開はいつもに増して過激で破天荒。でも中盤から終盤にかけての盛り上がりは凄まじい。あんなに散らばっていたものが一気にまとまっていくスッキリ感もある。毎度のことながら、一生懸命生きる登場人物たちを応援したくなる、竹宮ゆゆこさんらしい作品でした。

 

既読の作品に比べて暗喩が少なくなっています。暗喩として出てきていたものも、終盤にかけて分かりやすく説明されていますし、効果的な使われ方をしているので、多くの方がすんなり受け入れられるのではないかと思います。

 

よって、竹宮ゆゆこに興味のある人が初めて摂取する物語として、本作はオススメなのではないかと思います。

 

序盤のジェットコースター展開は相変わらずですが、ぜひ振り落とされずに最後まで駆け抜けてください。そして竹宮ゆゆこ成分なしでは生きられない人間になりましょうね。

 

以下、ネタバレありで感想を書きます。

 

 

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シーン別に感想をかいてみます。

 

【出会い〜再会】

出会いのシーンと満優の失踪シーンは、ザ・ジェットコースター。怒涛の伏線敷き敷き展開です。ただ本作は終盤で分かりやすく回収されている伏線が多いので、比較的親切設計ではなかろうか。

 

あと本筋とは全く関係ないけれど、"朔"という名前にちょっとした想い入れがあるので、不思議な気分で読みました。

 

そして再会シーン。パフェにフライドポテトはちょっと意味がわからない。『砕け散るところを見せてあげる』でもそうだったけど、出会いと再会(2回目)で印象がとんでもなく変わるのよね。神秘的な雰囲気だったのに、急にコメディタッチな雰囲気になるというか。これがいい感じにエンタメ感を引き込んでいてよい。シリアスとのバランスがよい。

 

【デートの日々】

2人の絶妙な雰囲気、よい…。ここはまさしく『とらドラ!』と同じような展開。『とらドラ!』との類似度もあり、朔は満優の駆け落ち相手の恋人なんだろうな、と思ってはいました。

 

【朔の家〜終盤】

警察のお世話になってこじれまくる2人ですが、ここから終盤にかけての盛り上がりがとてもよいですね。朔の実家に強行遠征し、いままで謎に包まれていた朔についての伏線がきれいさっぱり回収されていきます。

 

父親への口上もとてもよかったし、それに素直にお礼を言える朔がかわいい。

 

あの再会の夜の、感情をぶつけるくだりが朔の心を動かしていたのもよいし、廉次くんには本当の自分の気持ちをさらけ出せるのも、よい。

 

星を投げるくだりの、終盤での効果的な使われ方がすごい。朔が蒔いた伏線を廉次が回収するの、とても鮮やか。桃白白をぶっこむのは流石竹宮さんといった感じ。

 

そして本作は、2人の恋愛というだけではなくて、2人それぞれの夢の話も印象的でした。2人とも過去の出来事に区切りをつけて、前へと進んでいく。このあたりは、橋本紡さん味を感じました。

 

満優と再会のくだりはビックリした。もうこのまま流れてしまうのかと思っていましたが、夢と同じように、きちんと一区切りつけてきました。

 

【廉次くん】

常に誰かにマルをもらわないと前に進めないというやつ、彩瀬まるさんの『あのひとは蜘蛛をつぶせない』とテーマが似ています。私もかつて、もしくはいまもここに居ると思います。

 

【朔】

とても大人しめの大河という感じです。ボケもツッコミもこなせるところがかわいいです。

 

【まとめ】

本当に縁って不思議だなと思います。人間って素直な生き物ではないので、出会い方やタイミングによって全然違う関係性を築きあげますね。そういったものも全部含めて、運命・縁ということなんでしょうね。

 

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うーんやっぱり人物ごとに感想かいたほうがまとまる気がします。いろいろ試してみます。

 

さて、残りの竹宮ゆゆこ作品は、先日刊行されたものを含めて2作品です…。ゆっくりじっくり味わいたいが、年末あたりにもう1作読んじゃいそう。本当に、他とは違う栄養素なんですよね。

友よ、最上のものを

伊吹有喜さんの『彼方の友へ』を読みました。

 

伊吹さんは、今年の本屋大賞候補であった『犬がいた季節』で出会いました。別作品も手を出したいなぁと思って探したところ、私の好きな時代設定っぽい作品を見つけたので迷わず読みました。

 

いや〜予感的中でした。本作は、戦前〜戦中〜戦後を生きた波津子さんという女性のお話です。不遇な人生を送りながらも、自分の好きなものを心の支えとして生きていたところに、突然現れる憧れの場所。そこで強く逞しく生きながら、時代の大きな波にのまれていく。とても朝ドラの匂いを感じました。朝ドラ好きな方は好きになると思います。

 

この時代ってとりわけ外力が強いんですよね。そんななかでも負けずに、想いが繋がって、想いで繋がって、想いで救われるような話です。

 

以下、ネタバレして感想を書きます。

 

 

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【昭和十二年】

一番朝ドラっぽい章です。「乙女の友」を、有賀と純司を心の支えにして生きている波津子が、急に乙女の友の編集部に放り込まれ、懸命に喰らいついていく感じ、とても好きです。

 

いちばん好きな描写は、フローラ・ゲームのヒヤシンスのカード、「泣いてはいけませぬ」を引き出しにお守りのように置いておくやつです。

 

【昭和十五年】

いや、これもザ・朝ドラ展開だな……。

物書きとしての突然の大抜擢!!からの苦悩…。

 

波津子が右も左もわからず呆然としているところに、颯爽と現れるヒーローのような史絵里。この2人が仲良くしてくれていてわたしはとても嬉しいです。

 

【昭和十五年 晩秋】

波津子の作家としての苦悩、そして戦争激化、それに伴って徐々に歯車が噛み合わなくなっていく感じ…。なんかやけに生々しく感じました。

日本の同調圧力は「ぜいたくは敵だ」精神から来てると思います。やだやだ。

 

【昭和十八年】

史絵里との最期になるやり取り、とても好きなシーンです。

「終わりじゃないのよ。私たちの新しい始まり、第二章よ。それは第一章より深くて面白いに違いないわ。そうじゃなくって?」

 

そして有賀の招集…。上里さんが、序盤はイヤ〜なキャラな感じだったのに、波津子の作家デビューあたりから、急に親しみのあるキャラに変わりましたよね。

 

暗号の音符ではじめての恋文を書く…切なすぎる。見送りでアニー・ローリーを歌いだすのはドラマティックです。

 

美蘭先生のことは正直あんまり好きじゃないけれど、フローラ・ゲームのアドバイスの描写は鮮やかでした。

 

【昭和二十年】

佐倉主筆の苦悩を描きつつも、戦争末期の時代変遷がメインの章でした。

空襲の描写とか、経験がないのにとてもリアルに感じて、ハラハラしながら読みました。

 

そしてラスト。波津子が必死に繋いだ想いが、雑誌を通じて彼方の友へと繋がっていたことを感じさせる描写で、とても好きです。

 

【エピローグ】

有賀からの恋文の返事はあるだろうなと正直予想はしていましたが、ここで「Sincerely yours」のくだりが活きてくるとは…!!とてもとてもよいですね。

 

【想い】

「乙女の友」という雑誌を通じて、さまざまな想いが伝わっていきます。作り手のなかで繋がっていく想い・信念があって、雑誌を読んだ友や彼方の友と繋がることができる想いがあります。

戦争を経験している時代はどうしても仄暗い雰囲気になりますが、この想いが一本通っていることで、明るさが失われない物語になっています。

そして、エピローグの例のシーンに代表されますが、想いで救われる描写も鮮やかです。物理的には、波津子と有賀は再会することはできないという話になります。それでも、有賀が自分に向けた想いを知ることで、知るだけで救われるわけです。

 

その言葉だけで、生まれてきてよかった。そう思えます。

 

想いで、我々はいくらでも幸せになれると思います。(なんか誤解されそうな言い回し)

 

【未回収要素】

ジェイドや辰也は何者だったのか、有賀はどういう任務に就いていたのか、史絵里のその後、などなど、本作には最期まで明らかにはされない要素が多くあります。

 

この点に少しモヤモヤする方もいると思うのですが、私はかえってリアリティのある演出で、波津子への感情移入を強化したな、と感じました。

 

現実において、回収されない伏線なんて大量にあるじゃないですか。でも、それぞれ理屈があって、私の知らない思惑のなかで私の知らない理屈で世の中が回っています。特に戦中などという混乱の時代であればなおさらです。未回収要素はこの時代のカオスさを表現しており、そしてそこを生き抜く波津子への感情移入を強化していると感じました。

 

解説を読むと、これらの要素は描いていないだけで、伊吹さんの中では細かく設定が組まれているようです。それもリアリティを感じる一つの要因なのでしょう。

 

ポラリス号の冒険】

この書き下ろし短編もなかなかの爆弾だった。空井先生って本編だと割と謎なままフェードアウトしてしまった人なのだけれど、この人もこんな設定を作り込んでいるとは…。

 

ぜひ、各登場人物のその後をフィーチャーしたような短編集を出してくださいお願いします!!!

 

この短編でも、想いがキーワードのように思いました。

「だから、これ以上悲しまないで、有賀さん。私たちはまた会えるのです」

 

 

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余韻力の強い大満足な読書体験でした。また折を見て、伊吹さんの作品に触れたいです。