ずっとお城で暮らしてる

趣味にまつわる記録簿です。小説の感想がほとんどです。

友よ、最上のものを

伊吹有喜さんの『彼方の友へ』を読みました。

 

伊吹さんは、今年の本屋大賞候補であった『犬がいた季節』で出会いました。別作品も手を出したいなぁと思って探したところ、私の好きな時代設定っぽい作品を見つけたので迷わず読みました。

 

いや〜予感的中でした。本作は、戦前〜戦中〜戦後を生きた波津子さんという女性のお話です。不遇な人生を送りながらも、自分の好きなものを心の支えとして生きていたところに、突然現れる憧れの場所。そこで強く逞しく生きながら、時代の大きな波にのまれていく。とても朝ドラの匂いを感じました。朝ドラ好きな方は好きになると思います。

 

この時代ってとりわけ外力が強いんですよね。そんななかでも負けずに、想いが繋がって、想いで繋がって、想いで救われるような話です。

 

以下、ネタバレして感想を書きます。

 

 

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【昭和十二年】

一番朝ドラっぽい章です。「乙女の友」を、有賀と純司を心の支えにして生きている波津子が、急に乙女の友の編集部に放り込まれ、懸命に喰らいついていく感じ、とても好きです。

 

いちばん好きな描写は、フローラ・ゲームのヒヤシンスのカード、「泣いてはいけませぬ」を引き出しにお守りのように置いておくやつです。

 

【昭和十五年】

いや、これもザ・朝ドラ展開だな……。

物書きとしての突然の大抜擢!!からの苦悩…。

 

波津子が右も左もわからず呆然としているところに、颯爽と現れるヒーローのような史絵里。この2人が仲良くしてくれていてわたしはとても嬉しいです。

 

【昭和十五年 晩秋】

波津子の作家としての苦悩、そして戦争激化、それに伴って徐々に歯車が噛み合わなくなっていく感じ…。なんかやけに生々しく感じました。

日本の同調圧力は「ぜいたくは敵だ」精神から来てると思います。やだやだ。

 

【昭和十八年】

史絵里との最期になるやり取り、とても好きなシーンです。

「終わりじゃないのよ。私たちの新しい始まり、第二章よ。それは第一章より深くて面白いに違いないわ。そうじゃなくって?」

 

そして有賀の招集…。上里さんが、序盤はイヤ〜なキャラな感じだったのに、波津子の作家デビューあたりから、急に親しみのあるキャラに変わりましたよね。

 

暗号の音符ではじめての恋文を書く…切なすぎる。見送りでアニー・ローリーを歌いだすのはドラマティックです。

 

美蘭先生のことは正直あんまり好きじゃないけれど、フローラ・ゲームのアドバイスの描写は鮮やかでした。

 

【昭和二十年】

佐倉主筆の苦悩を描きつつも、戦争末期の時代変遷がメインの章でした。

空襲の描写とか、経験がないのにとてもリアルに感じて、ハラハラしながら読みました。

 

そしてラスト。波津子が必死に繋いだ想いが、雑誌を通じて彼方の友へと繋がっていたことを感じさせる描写で、とても好きです。

 

【エピローグ】

有賀からの恋文の返事はあるだろうなと正直予想はしていましたが、ここで「Sincerely yours」のくだりが活きてくるとは…!!とてもとてもよいですね。

 

【想い】

「乙女の友」という雑誌を通じて、さまざまな想いが伝わっていきます。作り手のなかで繋がっていく想い・信念があって、雑誌を読んだ友や彼方の友と繋がることができる想いがあります。

戦争を経験している時代はどうしても仄暗い雰囲気になりますが、この想いが一本通っていることで、明るさが失われない物語になっています。

そして、エピローグの例のシーンに代表されますが、想いで救われる描写も鮮やかです。物理的には、波津子と有賀は再会することはできないという話になります。それでも、有賀が自分に向けた想いを知ることで、知るだけで救われるわけです。

 

その言葉だけで、生まれてきてよかった。そう思えます。

 

想いで、我々はいくらでも幸せになれると思います。(なんか誤解されそうな言い回し)

 

【未回収要素】

ジェイドや辰也は何者だったのか、有賀はどういう任務に就いていたのか、史絵里のその後、などなど、本作には最期まで明らかにはされない要素が多くあります。

 

この点に少しモヤモヤする方もいると思うのですが、私はかえってリアリティのある演出で、波津子への感情移入を強化したな、と感じました。

 

現実において、回収されない伏線なんて大量にあるじゃないですか。でも、それぞれ理屈があって、私の知らない思惑のなかで私の知らない理屈で世の中が回っています。特に戦中などという混乱の時代であればなおさらです。未回収要素はこの時代のカオスさを表現しており、そしてそこを生き抜く波津子への感情移入を強化していると感じました。

 

解説を読むと、これらの要素は描いていないだけで、伊吹さんの中では細かく設定が組まれているようです。それもリアリティを感じる一つの要因なのでしょう。

 

ポラリス号の冒険】

この書き下ろし短編もなかなかの爆弾だった。空井先生って本編だと割と謎なままフェードアウトしてしまった人なのだけれど、この人もこんな設定を作り込んでいるとは…。

 

ぜひ、各登場人物のその後をフィーチャーしたような短編集を出してくださいお願いします!!!

 

この短編でも、想いがキーワードのように思いました。

「だから、これ以上悲しまないで、有賀さん。私たちはまた会えるのです」

 

 

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余韻力の強い大満足な読書体験でした。また折を見て、伊吹さんの作品に触れたいです。