ずっとお城で暮らしてる

趣味にまつわる記録簿です。小説の感想がほとんどです。

本格ミステリのテーマパーク

知念実希人さんの『硝子の塔の殺人』を読みました。

 

本屋大賞ノミネート作の5冊目です。あれ、もう半分読んでしまったことになるのか…でも発表されてからの読書という意味だと倍以上あるのでまだまだ楽しみは尽きません。

 

知念実希人さんとは、初対面です。随分前からお名前は色々な所で見かけていて、まさしく本作は読んでみようかな~と思っていたのですが、『新本格時代のフィナーレ』とまで書かれているのをみて、新本格への造詣が浅すぎる私はまだ手を出さない方がよいのかな~と思って、手が伸びきっていませんでした。今回、本屋大賞に後押ししてもらって手に取って、本当良かったと思います。

 

読んでみて、確かに「新本格」、とりわけいわゆる館ものが好きな方のほうが、より本作を楽しめるのだろう、と思いました。ただ、少しでも齧ったことのある人なら、まったく問題なく楽しめる作品でした。

 

ネタバレを避けて言うならば、数学の難問が立ちはだかって、パズルをこねくり回して悩んでいたところで、あまりにも鮮やかで端的な解法によって、解答が導かれて、『スッキリ!!!』という感じです。

 

では、以下はがっつりネタバレして感想を書いていきます。本作は言わずもがな、ネタバレ受けると特にまずい作品なのでご注意を!!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

前半は本作を小説上の時系列で振り返りながら、各段階での私の所感を交えていこうと思います。後半は、各真相などの全体の感想を。

 

■ プロローグ

『硝子館の殺人』という表現であることの違和感は、一応この時点で持てていましたが、プロローグの場面から真相が少なくとも1回、ひっくりかえるのだろう、ということしか分かりませんでした。何より主人公が犯人扱いされているし…。

 

■ 1日目

あれ、本当に主人公(遊馬)が犯人なんだ…サスペンスもの?いやいや、そんな単純じゃないだろう…という感じで読み進めました。

 

あとは、碧さんのキャラが濃い~。しかし、推理力はどうやら本物のようで、『medium』の某キャラに似ているな~と思いました(『medium』のネタバレに配慮)。

 

■ 2日目

遊馬が悪夢を見ていた描写から、すぐに碧さんが訪れる。もしや、寝言でバレてるなんてオチある!?!?と思って読んでました(遊馬と同じく、疑心暗鬼状態)。

 

そして、碧さんのキャラが濃い~(2回目)。さすがに目立ちすぎで、怪しさは満点ですよね…。遊馬と一緒に居たというアリバイを話さなかったり、その一緒に居たというのも遊馬に罪をなすりつけるためでは…!?と根拠は全くない妄想を繰り広げておりました。

 

あとは初出がどのタイミングだったか忘れたけれど、メタ発言がちょいちょい入っていて、この時点ではう~~んとなっていました。メタ的なトリックや犯人という所まで可能性を広げられてしまうとお手上げですね。でも、後述すると思いますが、ここが「新本格のクライマックス/フィナーレ」と言われる所以だと思っています。

 

■ 三日目

三日目も事件発生時点では遊馬と碧さんが一緒に居て、ますます怪しい…という感情で読んでいました。

 

ただ、円香さん事件で碧さんが落ち込み、遊馬に過去を語るくだりには読ませる魅力があって一瞬碧さんのことを信じかけました。ただ、次です。

 

『名探偵が存在しないこの世界を、私自身の力で変えればいいんだと』

この台詞、その後の遊馬の解釈の台詞にははっきり答えなかったくだりで、あぁ…自分が難事件を起こす側に回ろうとする決意だ…と気づいてしまいました。その後の遊馬の階段落下のくだりと、その後に明らかに睡眠薬を飲まされたくだり、そして睡眠中のことを「この上なく有意義な時間だった」というくだりで、ここで何らかの暗躍をしたことは確実だろうと思っていました。

 

ただ、冒頭で書いた寝言を聞いて云々という可能性を引きずっていたため、遊馬が寝ている間に、遊馬から何かを聞き出したり、遊馬に何かの催眠をかけたり、ということしか思いつかずでした。まさかあんな、ね…。

 

そして読者への挑戦状。残りページ的に、解決編の分量じゃないのよ…。絶対、一回はひっくり返るよね…。こんなメタ理解したくないけど。

 

■ 最終日

解決編その1。老田さん事件のトリックは、思わずうなってしまいました。密室であること、炎が上がったことがあんなにカッチリ組み合うなんて…。密室の核心が語られるページには、デカデカと図解が載っていて、文で読む前に目に入ってしまい、『あ、なるほど!!!!』と言ってしまいました。

 

円香さん事件のトリックは、そんなうまいこと行くか??という感想でした。でも硝子の塔であることはうまく使っているし、一応納得してしまいました。これがのちの伏線ですね…。

 

そんなこんなで解決。先述の通り、メタ的解釈によって碧さん黒幕だと思ってはいたけれど、加々見さんは普通に認めているし、ここからどうひっくり返るのか…??という感じで、この後の展開は、全く予想できていませんでした。

 

残念ながら遊馬くんの犯行はバレてしまい、閉じ込められてプロローグ時系列へ。まだページ数あるぞ…。

 

遊馬くんが硝子の塔の秘密に気づいて、更に事件の真相に気づくくだり。これは遊馬くんが医師であること、さらにメタ的にいえば知念さんが医師であることが非常に活きている気づきでしたね、すごい。

 

そして解決編その2。小説の登場人物だったんです!!と言い出した時には、おいおい本当にそういう展開??と不安になったものの、その後の展開は『あぁ~そう繋がるのか~』の連続でした。あっぱれ・スッキリです!!!

 

■ フーダニット

よくも悪くも碧さんが目立ちすぎな展開だったので、根拠のないメタ的解釈によって、碧さん黒幕だろうと3日目の下りで確実視はしていました。

一方で、加々見さんはノーマークでした。

 

ハウダニット(『硝子館の殺人』の方)

ここはお手上げです。先程も書きましたが、老田さん事件のトリックは鮮やかすぎました。確かに「そんな設計ミスするわきゃないでしょう」問題はありますが、ここにさえきちんと理由付けがつくんですもんね。

 

■ メタ構造であった点

ここが本作一番『見事!』と言いたくなるポイントでしょう。本当の意味でのメタ展開だと、よほど慎重にやっていかないと、読者の多くは白けてしまうと(私は)思っています。なのでちょこちょこ挟まれるメタ発言にう~んと思っていたわけですが、『小説の出来事が現実に起こっていて、その小説の登場人物として監視されている』というメタ構造は、見事な落としどころというか、その手があったか!という感じですね。

円香さん事件のトリックが少々無理やりな点、塔の構造や円香さんの行動などの都合がよすぎた部分を見事に説明するようなトリックでもありますね。

 

■ ミステリ部分全体について

メタ構造トリックを中心に、本作のトリックがここまで活きて、魅力的に映るのは、これまでのミステリという土台があるからこそ、だと思いました。

 

本当の意味でのメタ展開があるこれまでのミステリ。新本格を代表する館もので、奇抜な館と館に隠された秘密という王道展開の流れ。これらが築き上げたミステリのお約束を見事に活用して、このトリックが組みあがっているように感じました。

 

いうてもミステリへの造詣が浅い私ですらこう思うのですから、ミステリマニアの皆様は私より何倍もこのトリックを堪能できているのではないかと思います。

 

それからなにより、知念さんのミステリ愛を存分に感じることができました。

 

■ 最期の展開について

私好みのラストです。本作でのキャラクター造形は、遊馬よりも碧さんがかなり鮮明になっていたと思います。そのうえで碧さんの感情でラストの展開を考えると、遊馬はとても碧さんと並び立つような名探偵ではないと思います。碧さんは極めて冷静なお方ですので、あの場の雰囲気に流されず、ああいった未来を選択したのは、とても碧さんの感情が理解できて、嬉しかったです。

 

本屋大賞について

本屋大賞は、どうだろうな。ミステリ特化型なので、大賞は難しいかもしれない、と思いました。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そこそこの分厚さがあったのに、2日で一気に駆け抜けてしまいました。特に夜に読んでいて、24時に碧さんから読者への挑戦状がたたきつけられた時はどうしようと思いましたが、そのまま夜更かしして読み切ってしまって、非常にスッキリ・満足して眠りにつきました。

母の祈り、娘の祈り

町田そのこさんの『星を掬う』を読みました。

 

本屋大賞ノミネート作が発表されたので、今年も爆買いしてきました。『正欲』だけまだ手に入っていないのですが、発表までには全作揃えて読みたいなぁと思っています。

 

既読作品が3作入っていたので、本作が4冊目です。本屋大賞ノミネート作だと知って読むのは1冊目ですね。

 

町田そのこさんとは、昨年の本屋大賞で出会いました。『52ヘルツのクジラたち』は見事本屋大賞を獲得され、2年連続ノミネートとなっています。私はほかに、『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』を読んで、これが非常に好きな作品となりました。

 

さて、本作は、母娘関係が主題となっており、細かくは記載しませんが具体的で非常に重たいテーマを扱っています。

 

正直、読んでいて非常に悲しくなる場面も多くありました。ただ、そこはさすがの町田さん、最期にかけての掬い方が絶妙でした。終盤は、自分でもよくわからない謎の涙が出てきました。

 

『52ヘルツのクジラたち』とは扱うテーマが少し異なるものの、精神的続編のように感じました。

 

では、以下ネタバレありで書きます。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

久々に人物ごとにまとめようかな。

 

■ 千鶴

前半は圧倒的な不幸中毒者で、『愛されなくても別に』の宮田と共通するところが多いように感じました(それにしてもほぼほぼ弥一のせいな気はするけれど)。

 

後半はゆっくりと不幸中毒に溺れる自分を自分自身で掬い上げていきます。美保を諭すシーンが一つのゴールだよねぇ。『わたしの不幸も、あのひとのせいなんかじゃない』って、あたりまえだけど、油断するとつい目をつぶってしまう側面ですよね。自分の幸せは、自分で規定していけ精神、私好みです。

 

弥一とのドンパチ以後の聖子とのやり取りで、本当に一気に救い上げてもらった気分です。このあたりも『52ヘルツ~』との共通点かな。できる子のくだりとか、最後のあの夏の続きをしようだとかの辺り、謎の涙がこぼれたポイントです。

 

■ 聖子

『夜空に泳ぐ~』の『溺れるスイミー』と似たような境遇ですね。大切な人(聖子のお母さんだったり、娘である千鶴)から求められている振舞いになんとか応えたい、かといって気づいてしまった自分自身の欲求に抗いきることもできない。家政婦の仕事を通じて、自分と同じような人を見つけて救われたような気持になっても、やっぱり完全に同じなんてことはなくて、自分を肯定しきれなかった。千鶴と再会できたことによる幸福は確かにあったと思います。

 

あとは、子どもたちに面倒を見てほしくないという感情。これは今回初めて触れる価値観かもしれませんが、非常に生々しく私の心にも刺さりました。こういう価値観は、なるべく事前に明文化しておいたり、話し合っておいたりした方がいいんだろうな、と思いました。

 

■ 恵真

美晴ポジだと思っている。この人も重い過去を背負ってきていますが、千鶴とは対照的に、非常に前向き(前を向き続けようという意思がある)です。千鶴の妹になってくれて本当よかったです。

 

■ 彩子&美保

この二人はどうすれば正解だったのかわからない…というか正解なんてないか…。とにかく、共通の経験を経て、二人にとって最適な距離感がつかめてよかったです。登場初期の美保ちゃんには辟易としましたが、これも若気の至りかと思えば、私も思い当たる節がないこともないので、そういう青臭さもあるか、という気持ちです。

 

■ 弥一&岡崎

町田そのこ作品で、毎回どうしても気になってしまうのが、悪役の悪役徹底っぷりです。本作でも、この二人が頭から終わりまで悪役(というか完全なる犯罪者)として徹底的に救いのないように描かれています。

ただ、悪役、たとえ犯罪者であっても、人間です。その人の信念・論理があって行動しているわけで、ここがもう少し見えてくるといいなぁと思っています。

 

■ 類似テーマを扱う他作品

母娘の関係を描いた作品として、『かか』と『愛されなくても別に』を最近読んでいて、これらの知識をフル活用したことで、深く読めた節があります。本作を読んで、上記2作を読んでいない方がいましたら、良ければ読んでみてください。私個人としては『かか』がダントツで好きです。

 

本屋大賞はどうか?

本作は、終盤に一気に掬い上げてもらって昇華するようなお話です。ひるがえせば、中盤まで非常に重々しく、暗い雰囲気が続きます。そして、大枠や展開が前年の本屋大賞である『52ヘルツ~』とよく似ています。更には、前年の本屋大賞を受賞している作者であり、今年についてはそれがディスアドバンテージになってしまうと思われます(昨年の凪良さんのように…)。

以上より、主に「重すぎる…」という理由で、大賞受賞はなかなか厳しいのではないかなぁと思いました。(まだ全部読んでいないのにこいつは何を言っているんでしょうね)

 

■ まとめ

『52ヘルツ~』に続き、終盤の掬い上げ方が見事で、母娘関係に対する祈りの物語として、非常に印象的な作品でした。

今後も、町田さんの作品は読み漁りたいです。

短劇

坂木司さんの『短劇』を読みました。

 

坂木司さんは『和菓子のアン』シリーズを読んでいますが、本作はそういったいわゆる日常の謎とは一線を画す作品でした。

 

非常に短い短編(10ページ前後)がたくさん詰め込まれていて、全体に不思議な世界観で、少し風刺的でもあって、ショートショートと言っていいのではないか、という作品でした。

 

バラバラなようでいて、アップダウンを繰り返しているようなコミカルさ、順番に読んだ後に残る痼り、あとがきでそれを自覚的にさせられました。

 

解説にもありましたが、阿刀田高と似た雰囲気を感じます。

 

以下、ネタバレありで書きます。

 

 

--------------------

 

全作品取り上げるわけにもいかないので、特に気に入ったものだけ取り上げます。

 

■ 雨やどり

これは良い短編。主人公の中で対立する心情を綺麗に切り取って10ページに収まっている。

 

■ MM

正体は読めたけど、オチの1文が鮮やか。

 

■ 穴を掘る

めちゃくちゃショートショートっぽい。

 

■ 最先端

これも風刺が効いてる感じがショートショートな感じ。

 

■ 物件案内

オチが鮮やかシリーズ。

 

■ ビル業務

分かっていても、街ゆく人たちにNPC味を感じてしまうことが多いので、この幻想は、あぁそういうこともあるのかもしれない、と思ってしまった。

 

■ 並列歩行

これ一番すき。ラストにかけての盛り上がり方がよい。

 

■ 秘祭

これは他人事ではないものの笑ってしまった。

 

■ いて

意図を完全には理解できず、不穏な雰囲気で締め括られてしまった…。あとがきにある通り、なんとなく周りを見回して、ビクビクする心持ちになる。

 

--------------------

 

ショートショートは、私の読書の出発点です。ショートショートというより星新一が、かもしれないけど。またこうして巡り会えて楽しかったです。

 

でも坂木司さんは日常の謎ものが読みたいな〜と思いました。

 

 

まじめさん

三浦しをんさんの『舟を編む』を読みました。

 

三浦しをんさんとは初対面です。去年で、本屋大賞の偉大さに気付いたので、過去の受賞作も隙を見て読んでいこうシリーズになります。

 

本作はいわゆるお仕事小説です。辞書を作る仕事という、多くの人は触れることがないであろう分野をかなり細かく丁寧に描写しており、それだけでも楽しい小説です。そこに加えて、人間ドラマが展開されていく王道ものです。

 

本屋大賞として、安心・安定の面白さでした。全く知識のない人でもスルッと入っていける敷居の低さ、それでいてディープな世界観。そこにエッセンスとして付加される人間ドラマ。

 

では、以下ネタバレありです。

 

--------------------

 

 

まずは何よりタイトルがよいですよね。作品の途中で描写がありますが、『舟を編む』とは辞書を作ることの比喩となっています。言葉という大海原を進んでいくための舟…すてきです。

 

それから、辞書編纂のディープさを堪能することができました。こうやって辞書は生まれるのか…ということや、民間が作る意味など。

 

なにより、辞書に対するスタンスはなるほど、と思いました。救いを求めて、縋れるものを求めて辞書を引く人を突き離さない配慮。ここまで考えだすと、そら何年もかかるわな…と思いました。

 

私も一応、人々に言葉で伝えるお仕事をしているので、言葉選びは敏感に常に見直し、常にアップデートしていかないとね、と思いました。

 

そして人間ドラマですが、個人的には西岡のくだりがすきですね。ラストで、辞書に名前が載っているという回収の仕方もさりげなくてすき。

 

あとは馬締と香具矢さんの恋愛模様もほんのりしててよかった。裏表紙のあらすじにも書いてありましたが、まさに『ついに出会った運命の女性』ですよね。こういうので拗らせて運命を尊ぶバカ(私)が量産されるのでやめてください。ところで私の香具矢さんはいつになったら現れるのでしょうかね。

 

--------------------

 

やっぱお仕事ものは面白いですね。想いが周囲に共鳴し、受け継がれていくさまも、伝統厨の私としてはポイント高いです。

 

えいえんよりも優しい刹那

桜庭一樹さんの『製鉄天使』を読みました。

 

本作は、『赤朽葉家の伝説』のスピンオフ?作品となります。毛鞠の章でこれくらい濃厚なレディース抗争を描いたらしいのですが、主題から離れすぎて?、泣く泣くカットした部分を再構成した作品のようです。(認識に誤りがあったらごめんなさい)

 

私は『赤朽葉家の伝説』が大好きで、特に毛鞠の章はトチ狂うほど面白かった記憶があります。そんなハードルが上がった状態で読んだのですが、やっぱり面白い。レディースもの(?)って、なんでこんなに面白いんでしょうね。

 

物語としては、結構ファンタジーが入っているというか、現実ではあり得ない描写がコミカルに描かれており、アニメ・ラノベのエッセンスが強いです。異能バトルものかもしれません。

 

でも、基本的には主人公・小豆の内面の成長物語で一貫されていて、他の桜庭作品でもみられる少女性・少女(若者)の刹那性というものが全力で描かれています。ここがたまらなくすきです。

 

以下、ネタバレ含みます。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

本文描写を抜粋しながら、ポイントだけ書きます。

 

えいえんよりも優しい刹那だった。

まずはこれ。本作のテーマですよね。若者である、少女であるという刹那性こそが、そこでの経験をえいえんのものにする、という感覚。

 

『ぼくはね、小豆が言うえいえんの国ってのは、ぼくが感じてるそういう気持ちのことかなと思ったんだよ。その伝説の国は、きっと、どこ、じゃなくてさ、いつ、に存在するのさ。時間よ、止まれ、この人たちを愛してる、ってね』

突然現れた兄貴の台詞。"えいえん"は、絶対的・普遍的なものではなく、刹那的・文脈的であることをよく表していると思います。

 

あとはメタ的な観点ですが、桜庭さんノリノリでこれ書いたんだろうなぁ、ってのが伝わってきました。繊細な表現でありつつも、ものすごい勢いを感じましたし、溢れ出てくるものを流れるように書いたような雰囲気も感じました。天才ですね。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

赤城山オチは私の理解力では及ばなかったけど、みんな幸せそうなので良し。

望郷

湊かなえさんの『望郷』を読みました。

 

湊さん読むの久々です。積読には前から何冊か並んでいるのですが、湊かなえ作品はボディーブロー作品(?)が多いので、覚悟して読まないといけないのでね…。

 

本作は、湊さんの出身である因島をモチーフにした小さな島に暮らす人々の短編集です。因島というと、某友人がパンクした記憶しかない…。

 

小さな島という閉鎖空間でのしがらみ、そのうえでの人々の営みが非常に繊細に描かれていました。私個人がここまでの閉鎖空間に馴染みがないので、短編の長さでは感情移入はなかなか難しかったですが、湊さんらしいヒリヒリ感を思い出すことができました。

 

以下、簡単に短編ごとの感想を書きます。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

■ みかんの花

これは長編で読みてぇ~~ってなりました。最期の落としどころというか、真相が鮮やか。もうちょっと後味悪くてもいい(笑)

 

■ 海の星

噛み合わせの悪い想いの交錯…。

 

■ 夢の国

家族という閉鎖空間がもたらす悪夢。大人は常に客観視していかねばなるまいが、年を取るほどそれを怠ることになるのだろうというのは容易に想像がつく。

 

■ 雲の糸

一番吐き気のした物語です。いや、いい意味です。(いや、いい意味の吐き気ってなんだよ…)

 

■ 石の十字架

一番すき。縁のお話。

 

■ 光の航路

いじめって難しい。ケースバイケースすぎて…。

ひのくるま

宮部みゆきさんの『火車』を読みました。

 

『ソロモンの偽証』と『孤宿の人』で完全に宮部みゆきさんの虜になりつつ、その分厚さには慣れていない私に、これまた友人がオススメしてくれたものです。

 

オススメしてもらった本作と、『理由』と『模倣犯』を半年以上前に一気買いして、しばらく本棚に鎮座していました。圧倒的分厚さと赤い背表紙で、存在感すごい…。

 

そうして、ようやく長編パワーがみなぎってきたので今回は手始めに本作を読んだというわけです。

 

これまでに読んだ2作から、作品の盛り上げ方が異常に上手く、分厚いのに一気に読みたくなる、そんな印象を持っていましたが、本作もこの例に漏れずの作品でした。

 

本作は、ザ・社会派推理小説です。これが宮部さんの本拠地か…と震えました。

お金にまつわる現代に通ずる問題を取り上げつつ、問題を取り上げること自体が目的にはなっていない。問題に直面した登場人物たちの切実な想いがリアリティをもって描かれています。

 

では、以下はネタバレを含みます。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ストーリーを追っていくと長くなってしまうので、構成をベースについて触れていきたいと思いますが、ストーリー展開、天才すぎませんか?

 

最初は何もわからない所から、断片的な情報が徐々に集まってきて、中盤から一気に情報が繋がってきて、最期には喬子の壮絶な人生に震える展開。長編小説特有のうまみが凝縮されていました。

 

本間の『君に会ったら、君の話を聞きたいと思っていたのだった』という気持ちがよくわかる。喬子のなにもかもを一人で抱え込んだ境遇を知ってしまった以上、慰めとなるのは話を聞いてあげることくらいなのだから…。

 

ラスト、読了直後は「あ、ここで終わりなのか…」と思いましたが、全体を振り返ってみると印象的でよい終わり方だと思いました。大半の謎は解けたけれど、喬子本人が何を思い、行動してきたのか、ホワイダニットの部分は完全には明かされません。この残されたミステリアスさが良いのですよね。喬子本人の語りが最期に入ってしまうと、よくも悪くも解釈の余地が無くなってしまいますから…。

 

あとはタイトル『火車』。「ひのくるま」がメインの意味合いだろうけれど、喬子をどんどん地獄へと運ぶ火車でもあり、また放火の件も少し引っかかっているのかな、と思うとすごいです。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

次に宮部みゆきパワーが溜まったら『理由』を読むかな。いや、どっかの期間で意識的に『模倣犯』週間(または月間)を作っても良いな…。