ずっとお城で暮らしてる

趣味にまつわる記録簿です。小説の感想がほとんどです。

やがて海へと届きたい

彩瀬まるさんとの出会いは、「あのひとは蜘蛛を潰せない」をタイトル買いして、主人公の価値観が私自身のそれと非常に近く衝撃を受けたことから始まっています。

 

彩瀬さんは、心理描写がとても繊細で素晴らしい一方で、それを丸々比喩的に、幻想的に描くことも得意な小説家さんです。

 

そんな中で、今回感想を書こうと思っている「暗い夜、星を数えて」はイレギュラーなルポルタージュ作品です。

 

東日本大震災を旅行者として東北で経験した彩瀬さん。第1章では震災時の経験談について、第2章第3章は復興支援を含む、震災後の状況についてまとめています。

 

第1章は本当に泣きそうになりました。小説家が現実世界のことを描くとこんなことになるのかと驚きました。東日本大震災のことは当時のニュースで嫌という程みたし、実際に被災地に見学に行ったこともありますが、どんな映像・文章よりも、この第1章で一番「本当に地獄のような災害が現実におきていたのだ」ということを思い知らされました。

 

現実にはこんなに残酷なことが平気で起こるのか、と。

 

自分が結局のところ他人事としてしか考えていなかったことがよく分かりましたし、作中にも触れられていますが、自分を含めて人間は当事者にならない限り本当のところで真剣に考えることはないのだということがよく分かりました。つまり、今の自分には本当の意味でわかることはできないのだ、ということが分かりました。

 

第2章、第3章は震災から一定期間経った後の被災地の現状が語られますが、特に印象的だったのは放射性物質という眼に見えないものへの恐怖です。ボランティアのお礼として、タマネギを頂いた彩瀬さん。原発30キロ圏内というポイントの中で彩瀬さんは逡巡します。

 

眼に見えないものであり、また即時に何か影響を及ぼすとは限らないものであるために、何をどこまでが安全・危険とするか、は個人に委ねられてしまっています。実際、現地でも魚を食べる食べないなどは、個人によってかなり差があったそうです。

 

そして、その曖昧さから偏見や差別が起きます。福島ナンバーの車というだけで、「汚染車」と落書きされてしまうという話を聞いたあと、彩瀬さんはこう書いています。

 

「この、放射性物質という見えない恐怖に、国民全員が「理性的に、落ちついて、差別が起こらないよう冷静な対応をすること」は、出来ないのだ。(中略)こんなグレーゾーンを抱え込み、それでも全員が理性的に振る舞い、被災者と苦痛や不安を共有できるほど、きっと私たちの社会は成熟していないのだ。」

 

彩瀬さんは社会が成熟していないと述べていますが、その意味で成熟することはないんじゃないか、と個人的には思います。

 

社会人になって3年目、まだまだ一端でしかないですが、世の中には本当に様々な価値観を持つ人間が居ることを実感してきました。こんな有象無象の集団を、これまた個人の価値観を持った人間が取りまとめることは、どうやったってできないと思います。完全な情報統制をする以外の手段では。

 

まとめると、現実世界では、人間は自然の脅威に対して余りにも無力で、そして人間社会はあまりにも脆いバッドエンドの世の中なのだということがよく分かりました。

 

これは本当に個人的な考え方ですが、この総合的なバッドエンドをハッピーエンドにする努力よりも、バッドエンドの中で、小さくても出来るだけ沢山のハッピーエンドを見つけていきたいな、と思いました。人間を滅ぼすのは人間ですが、人間を救ってくれるのも人間だと思っています。

 

「やがて海へと届く」に彩瀬さんにおける何らかの答えがあることを楽しみにして、今度読みたいと思います。