ずっとお城で暮らしてる

趣味にまつわる記録簿です。小説の感想がほとんどです。

小説でしか聴けない音楽

恩田陸さんは結構有名な方だと思うけど、私の中では大変昔に「光の帝国 常野物語」を読んだきりの状態でした(もはや内容も完全に忘れ去られている)。

 

蜜蜂と遠雷」は、直木賞本屋大賞を獲った作品であるし、ピアノを弾いていた経験もあることから興味は強くありました。

 

ただ、いざ買ってみると上下巻ともに分厚く、これは中々意気込む必要があるぞ、と積読していたらあっという間に1年が経ち、こうしてようやく読むに至りました。

 

端的に、めちゃくちゃ面白かった。分厚いことは読む障壁から幸福に変わり、むしろもっと浸っていたかったと思わせるほどに。小説を読む醍醐味を感じることができた。まるで自分がコンサート会場にいるような臨場感、そして不思議と聴こえてくる音楽。これは、小説でしか聴けない音楽だと思いました。

 

クラシックの世界に詳しくなくても、いや、詳しくないからこそ、より楽しむことができる部分が多いと思うので、万人にオススメできます。

 

以下、ネタバレを含む感想をつらつらと書きます。

 

 

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くどいようですが、本作の一番の魅力は「小説でしか聴けない音楽が聴こえてくる」ことだと感じました。

 

私は、クラシックおよび音楽史への造詣は全くありませんし、普段クラシックを好んで聴く人間ではありません。だからこその感想になること、ご承知ください。

 

もし現実で演奏を聴いても、なんかすごいとしか表現することができず、作中で描かれるような、演奏のなかに物語性を感じたり風景を感じたりすることはできないと思います。

 

でも、小説を介してであればそれが可能、小説でしか可能ではないのです。小説はよく他人の人生の追体験と表現されますが、まさしくそういう風な。演奏に物語性を感じることのできる感受性を持った人間として、小説から溢れ出てくる音楽を聴くことができました。

 

というか、恩田陸さんの表現力、凄すぎませんか?客観的にみれば延々と演奏シーンが続いて、後半は飽きてきそうな展開というか、表現の引き出しがすっからかんになって、退屈してしまうような展開です。なのに、まったくダレることなく、最後まで表現しきっていて、退屈することがありませんでした。

 

本選の亜夜の描写がなかったのは、小説としては終わりだけれど、彼女らはここから始まるんだ、決してここがゴールではない、というものを予感させます。また、ここまで読んだ読者であれば想像で容易に補完できるので、うまいやり方だと思いました。

 

次は、登場人物ごとに感想を。よくある、破天荒な天才と正確精巧なライバルとの対立といったような構造は弱く、登場人物たちが影響を与え合い、成長していく所が主眼に置かれていました。登場人物たちに対してとても丁寧で、好きです。

 

【栄伝亜夜】

本作の主人公は彼女だと思ってます。そう思うくらい、彼女の成長物語(というより覚醒物語か)である側面が強い印象でした。

コンクールに渋々の参加だった状態から、塵やマサルに影響を受けて格段にレベルアップしていく。彼女自身が言っていたように、塵やマサルによって埃や垢がこすり取られただけで、掘り出されたのは元々亜夜の中に眠っていた音楽だというのが、グッときました。

メタ的にみても、小説として、彼女の順番を塵の後ろに置くのは、策士だなぁと思いました。

本作の冒頭の頃から、自然の音に音楽を感じ、また逆に、音楽を自然の音に比喩させて表現するのは、「音楽を世界に連れ出す」能力に長けているんだろうと思いました。だからこそ塵は彼女に、仲間になってくれる可能性を一番に見出しているのだと感じました。

彼女をはじめ、やっぱり登場人物はみな生まれ持った才能が桁外れで現実の自分とはかけ離れすぎているんだけど、それでも共感できてしまうのが不思議でした。

 

【風間塵】

この子は結果としてギフトであっただろう、と思います。三枝子が気付いていたように、彼が触媒・起爆剤となって、他のコンテスタント・審査員にまで大きな影響を与え、音楽の世界を変えていく。世界を変えることのできる天才です。

彼はこれからも、自由で伸び伸びと育っていって欲しい。そして、音楽を世界へ連れ出していって欲しいです。

 

マサル

序盤は、彼が塵のいわゆるライバルポジションで、正確精巧な(俗にいえば審査員受けする)演奏をするヤツなのかな、と思ってましたが、全然違いましたね。心も含めて何から何までイケメンでした。

彼のそうした立ち位置が、本作を爽快な物語にしてくれていると感じました。

アーちゃんとのテンション感は普通の19歳の少年だし、一番常人に近い天才ですかね。アーちゃんと付き合ったとしても、マーくんの方が耐えられなくなって降参しそうな未来がみえます(笑)

 

【高島明石】

彼もすごく魅力的なキャラだったなぁ。一番努力しているのが伝わってきたので、そうだろうと思ってはいても、菱沼賞受賞のくだりでは、おめでとうの気持ちでいっぱいになりました。

亜夜と一緒に泣きじゃくるシーンも印象的でした。明石の「ありがとう」で二人よりも先に泣きました。

 

 

【まとめ】

非常に面白かった。なんだかわからないけれど、じんわりと涙が出てくる所も多かった。最近涙腺がバグりすぎている…。

つらつらと書いたように、小説でこその魅力を多く感じたので、映画は観るの迷うなぁ………。この感動を忘れた頃に、観ようかな。